みなと鈴がエレガンスイブ(秋田書店)で連載している「ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘(キミ)が教えてくれたこと~」は、ある夫婦と自閉症の女の子・ムーちゃんという家族を描いた物語。実際に自閉症の子供を持つみなとが、自身の体験をもとに描いている。5月15日に最新8巻が発売され、連載当初は1歳半だったムーちゃんも、小学生に成長した。 コミックナタリーでは、2024年に長男が自閉スペクトラム症であることを公表した、グラビアアイドルの倉持由香と、みなととの対談をセッティング。自閉症児を育てる倉持は「ムーちゃんと手をつないで」を読んで「うちだけじゃないんだ」と励まされたと言い、同作を「私の育児書」だと話す。そしてみなとは「自分の経験した世界を知ってもらいたい」と、作品を発信する思いを明かしてくれた。 取材・文 / 岸野恵加撮影 / 宇佐美亮 「ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~」1巻 挨拶ができず、パパもママも言えない1歳半の娘、ムーちゃん。そんなムーちゃんが「自閉症」かもしれないとわかって……!? 理解を示さない夫と一度はぎくしゃくしたけれど、それでも前を向いて、ムーちゃんとともに生きていく決意をした母親の彩。著者自身の体験をもとに綴る、自閉症の娘への愛がたっぷりつまった家族の物語。 チャンピオンクロスで第1話を読む みなと鈴 今日は来てくださりありがとうございます。息子さんが自閉症だということを公表されたABEMAの番組を観て、倉持さんとぜひお話ししたいと思っていたんです。 倉持由香 わあ、そうだったんですね……! ありがとうございます。 みなと 番組でお話しされていたことは、私の経験に重なることばかりでした。ムーちゃんのモデルになった我が家の長女は、もうすぐ18歳を迎えて成人するんです。 倉持 おめでとうございます! みなと鈴、倉持由香。 みなと ここまで来ると、つらかったことも含めて、すべてが過去の記憶になっているんですよね。そんな中で倉持さんの経験談を聞いて、過去の自分と対峙するような感覚になったし、まさに「ムーちゃんと手をつないで」の主人公・彩が3次元に現れたようだとも思いました。お会いしてこんなに素敵なオーラを浴びられて、本当に幸せです。作家冥利に尽きるとはまさにこのことだな、と。 倉持 うれしいです。私ももちろん、「ムーちゃんと手をつないで」は以前から愛読していました。息子の湊はもうすぐ4歳になるのですが、同じ“みなと”ということにもご縁を感じますし……(笑)。 みなと 本当に、不思議な偶然ですよね(笑)。 倉持 湊は2歳半の頃に、自閉スペクトラム症と診断されたんです。私はその瞬間から先が見えなくなり、1カ月ほどベッドから動けなくなってしまって。学区などを考慮して戸建の家を買ったタイミングだったけど、湊は小学校や中学校に行けないかもしれない。大人になってもしゃべれないかもしれない。そんなふうに絶望していたときに、「ムーちゃんと手をつないで」に出会いました。読んでまず「私の経験とほぼ同じことが物語で描かれている」と感じて。うちの子だけ1歳半健診の会場で走り回っていたり、2歳半になっても言葉が出なかったり……ポツンと取り残されたような感覚になっていたけど、「ムーちゃん」を読んで「うちだけじゃないんだ」と、すごく励まされたんです。 みなと そう言っていただくと「この作品を描いてよかったな」と本当に思います。うちの子もまったく同じで、1歳半健診で走り回り、発達相談を受けてくださいと言われて。「ムーちゃん」の劇中にも描きましたけど、お医者さんから「この子はそういうタイプの子だよ」と言われて、「どういうことだろう?」と、別の世界に来てしまったような感覚になりました。右も左もわからず、とても孤独でしたね。 「ムーちゃんと手をつないで」1巻より。ムーちゃんは1歳半健診で医者から「そういうタイプの子」だと言われる。 倉持 その瞬間に抱いた気持ち、すごくよくわかります。育児書にある定型発達の成長の目安は我が子にまったく当てはまらないから、「これから私は何を指針にして子育てをすればいんだろう」と途方に暮れていたんです。そんな中で「ムーちゃん」が、私にとっての育児書になってくれました。自閉症に関する本やマンガもたくさん読みましたが、「ムーちゃん」は本当にリアルで、わかりやすくて。 みなと うれしいです。うちの娘が幼児の頃は、まだスマホもSNSも普及していなかったんですね。世の中にASDや発達障害という言葉も普及しておらず、経験者の方のブログを読んだりして、なんとか情報を得ていました。娘の育児にかかりきりで、マンガを描くことは10年間お休みしていたんですが、やはり自分が経験した世界のことをちゃんと知ってもらいたいし、世の中に貢献したい。同じように不安を感じている方々の孤独感を和らげて、「1人じゃないよ」と言ってあげられるような作品を生み出したい。そう思い、「ムーちゃん」を描き始めました。 どの方向を選んでも間違いではないと、作品を通して伝えたい 倉持 ムーちゃんと湊は本当によく似ているんです。湊も睡眠障害があるので、ベッドの上で飛び跳ねてなかなか寝ないのが日常茶飯事。寝かしつけに毎日3~4時間かかっています。 みなと 大変ですよね。うちは賃貸に住んでいた頃、頻繁にポストに「うるさい」と紙を入れられて。申し訳なさすぎて、一戸建てを購入して引っ越しました。 「ムーちゃんと手をつないで」1巻より。ムーちゃんは布団やマットの上だと興奮してしまい、彩は寝かしつけにも毎晩2時間かかる。 倉持 謝るたびに消えてしまいたい気持ちになりますよね……。あとは湊もつま先で歩くし、噛みぐせもあるし……と、本当にムーちゃんそっくりで。小さい子の泣き声が苦手なのも同じで、パニックになって泣いた子の口を勢いよく押さえてしまったこともあります。数えきれないほど頭を下げてきました。 みなと 私もです。できる限りの対策を取っても、ご迷惑をおかけしてしまうことはやはりあるので、そういうときはただただ誠心誠意お詫びすることが親の務めだと思っています。 みなと鈴、倉持由香。 倉持 「ムーちゃん」を読んで、初めて知ることも多いです。療育施設の存在も「ムーちゃん」に教えてもらいました。あとは今後我が家が向き合うであろう、小学校を特別支援学級と特別支援学校のどちらにするかということなども。そうした情報面で助けられるのもありがたいことですけど、もちろんマンガとしての面白さもたくさんあって。彩はどんどんたくましくなっていますよね。パパから風呂上がりに「パンツがない! 家にいるんだから洗濯くらいしろよ!」と言われて、彩がすごい剣幕でブチギレるところはスカッとしました(笑)。 みなと ふふふ。彩は段々と口が悪くなっているかもしれないですね(笑)。 7巻でムーちゃんは小学生になり、特別支援学校に入学した。作中では、小学校の支援学級と特別支援学校、どちらに進学するのかといった選択も描かれる。 倉持 彩は本当に毎日大変なのに……。パパは1日くらい同じパンツ履いてなさいよと思いました(笑)。結局買ってきてあげていて、優しいなあと。「ムーちゃん」は、そんな人間らしさが描かれているところも魅力だと思うんです。自閉症児を育てていく中では、「どんな子でもかわいいところしかない」「子供は天使だ」と思えないときもあるんですよね。私も自分の体調がすごく悪い日にお腹の上で飛ばれたり噛まれたりしたら、手放しにかわいいとは思えない瞬間がどうしてもある。そういう部分もきれいごとで包まず描かれていて、嘘がないと思いました。 みなと キャラクターがいい人である必要はないと思っているんです。壁にぶつかったり、人から嫌なことを言われたり、逆に暴言を吐いてしまったり……いろんなことがある中で、その人がどういうふうに生きていくのかが重要で。読者に媚びるのではなく、この家族がどういう人生を選択していくのか。その分岐点を魅力的に見せたいし、「どの方向を選んでも間違いではないよ」と、作品を通じて伝えたいですね。 連載中にフルデジタルへ移行 倉持 個人的に驚いたことなんですが、みなと先生は子育てに忙しい中、連載中にアナログからフルデジタルへ作画方法を変えたんですよね? みなと そうですね。確か6巻くらいから、モノクロはフルデジタルにしています。コロナ禍の期間に、アシスタントさんに集まってもらって一緒に作業することが難しくなってしまったんですよね。そこで一念発起。講師の方に教えを乞い、アシスタントさんの教育もしていただきながら、1年かけて移行しました。 倉持 執筆の感覚もまったく変わるでしょうし、ソフトの操作もイチから学ばないといけないし、本当にすごいと思います! 私も絵を描くのが好きで、iPadとApple Pencilで湊の絵を描いて「#みなとえにっき」というハッシュタグを添えてSNSに載せているんですよ。先生は液晶タブレットですか? みなと そうです。最初はiPadでやっていたんですけど、やっぱりマンガのデータはとても重いので、クリエイター用のデスクトップと液晶タブレットを導入しました。 倉持 そういうところもとてもパワフルでいらっしゃるなと、元気をいただきます。自閉症児を育てる大変さは理解しているつもりなので、下のお子さんも一緒に育てながら、作画環境を変えて連載を続けるなんて、どれだけ大変だろうなと……。いったいどんな生活をされているのか、睡眠は取れていらっしゃるのかが気になっていました。 倉持由香 みなと 睡眠は毎日4時間くらいですが、私はそのぶんほかのことを捨てているので、家の中はしっちゃかめっちゃかなことが多いですよ(笑)。自分にできないことは主人にやってもらっていますし、私1人では到底無理ですね。私からすれば倉持さんのほうがすごいですよ! 私は10年間執筆を休んでいましたが、倉持さんは湊くんが生まれてからずっと、お仕事を続けているんですから。 倉持 いえいえ! 私もめちゃくちゃ周りに助けられているんです。保育園の送迎は夫もしてくれますし、手料理を作る余裕がないから、週2でヘルパーさんに来ていただいて、作り置きをしてもらっています。友人の手を借りることも多くて、家族旅行に同行してもらうことも。仕事はがんばればがんばっただけ褒めてもらえたり、お金をいただけたり、やりがいが目に見えるけど、専業主婦はめちゃくちゃハードなのに誰からも褒められず、稼ぎにもならず……本当に大変だと思います。 みなと そういう部分も、作品で描きたかったところですね。私も専業主婦時代、入会を検討していた英会話スクールの代表者の男性に「あなたは何もやってないでしょ」と言われたことがありました。結局入会しませんでしたがそういうときに抱いた感情が、ふつふつと積もり積もっていた気がします。 みなと 描けてよかったと思っているのは、ムーの遺伝子検査をする回です。世の中には、自閉症の子供が産まれてくるのは遺伝的に問題があるからだと思い込んでいる人もいらっしゃいますが、誰のところにも産まれてくる可能性があるということをきちんと描いておきたくて。お医者様にネームを見ていただきながら、何度も表現を修正しました。しっかりと伝えられてよかったと思っています。あと、100ページで描いた第1話もとても思い入れがあります。10年ぶりにペンを取ったので絵は下手くそですが、「未来はまだまだこれから広がっていくよ」というラストは自分が描きたいと思っていた描写だったので、描けてよかったですね。 みなと鈴、倉持由香。 倉持 第1巻は自閉症という事実を突きつけられた彩の心の揺れ動きに読み応えがあって、一気に引き込まれました。私が印象的だったのは、通りすがりの幼稚園児とお母さんが会話しているのを見て、彩がショックを受けるシーンです。「あんなふうに親子の会話をすることも 一生叶わないのかもしれない」と途方に暮れる姿に、自分を重ねました。療育施設に通い始めてからも、彩はほかの子供とムーちゃんを比べて落ち込みますよね。あのシーンも「ああ、すごくわかるな」と。湊も、みんなお利口さんに座っている中で1人だけ座れなかったり、名前を呼ばれても返事ができなかったり、湊が走り回っているのを横目に私が1人で手遊びをしたり。「療育施設に来ても、湊は“できない側”なんだ」と感じた瞬間は、すごく落ち込んでしまいました。 「ムーちゃんと手をつないで」2巻より。療育施設に通い始めたムーちゃんだが、ほかの子供と比べてしまって落ち込む彩。 みなと すごくわかります。我が子ができないことを突きつけられると、心がえぐられますよね。 倉持 「療育に通うことが、本当にプラスになっているのかな?」とも悩みました。でも半年、1年と通っていくうちに、それまでできなかった挨拶が少しできるようになったり、膝の上に乗って一緒に手遊びができるようになったり。ほかの子より成長はゆっくりだけど、できたときは3倍うれしい感覚がありましたね。 みなと 我が家も、成人間近の今でもそうなんですよ。先日娘の手帳の再判定があり、知能テストを受けた結果、療育手帳がAから Ⓐ マルエー (最重度)となったんです。でも今の私は、その事実を突きつけられてもあまりショックを受けなくて。それは現実を受け入れているというよりは、娘の心と知能が幼児であるがゆえに感じられる喜びもあるからなのかなと。先日も娘が「おかず」という単語を発して、夫婦で「そんな言葉知ってたんだね。すごい!」と感動したんです。子供が18歳になるタイミングにそんな小さなことで喜べるって、幸せなことだなって。暴言を吐かれたり、「クソババア」と言われることもないわけです(笑)。悪いことだけじゃなくて、娘の子育てでうれしかったことも、私の人生の中に積み重なってきているんですよね。子供がもっと小さい頃だったらショックを受けていたと思うので、月日はいろんなことを解決してくれるな、と感じています。 「誰かの勇気になれば」という思いで描き切りたい みなと こうした内容の作品を描いていると、やはりさまざまな意見をいただきます。「批判の声をいつか下の子が目にするかもしれない」など、いろいろなことを考えますが、結局は自分の信念を大事にするしかないし、「誰かの勇気になれば」という思いで描き切りたいと思っています。倉持さんのもとにも、自閉症の公表後はいろんな声が届きましたか? 倉持 公表してからいただく声は、ありがたいことに9割5分は応援のメッセージでした。同じように自閉症児を育てている親御さんからの共感の声や、「うちの子もおそらくそうなんですが、勇気がなくて病院に行けていません」という声が多いですね。でも心ない言葉を浴びせられることもありました。「お前の妊娠中の食生活が悪かったからだ」とか。 倉持由香 みなと 私もずっと同じで、マンガの中でのムーちゃんの行動にDMでご意見をいただくこともあります。私のような仕事をしている人なら多少慣れがあるでしょうけど、一般の方が浴びたらきっとショックを受けるだろうと思う言葉も多いです。 倉持 作中で、彩たちが第2子を産むかどうするかと悩む姿が描かれますよね。もしかしたら第2子も自閉症かもしれないし、ムーちゃんのことでつらい目に遭わせてしまうかもしれない。このエピソードを描くことによって、おそらく先生のもとには誹謗中傷も届いたと思うんですが、勇気をもらった方も多いと思います。 みなと そうですね。あのエピソードを描いて以降は、作品タイトルの検索ワードのサジェストに批判の言葉が出るようになったり、「下のお子さんのために上のお子さんを施設に入れてください」というDMが届いたりしました。でも、「もしこの人が自分の経験から不幸を感じているとしたら、それは誰のせいなんだろう」と考えてしまうんですよ。例えば、家族に障害者がいても何の問題もなく暮らしていけて、誰も苦しんだり悩んだりしない社会になっているのであれば、不幸な人は減らせるのかなと思うんです。仮に施設に入れようと思っても今は空きが全然なくて、国の政策も「障害児は家族や地域で育ててください」という方向性になっている。「今がこういう社会だからこそ、苦しむ人がたくさんいるんだ」ということは描いていきたいです。 倉持 本当にその通りですね。 みなと そんなふうに描きたいことは本当にたくさんありますが、ストーリーマンガとして成り立たせないといけないし、面白く読めるようにテンポを意識すると、毎回のページ数に収まりきらず、描けていないこともたくさんあります。そういった部分は、単行本に収録されているコラム「ムーちゃん通信」で、医療ライターさんに描いていただいていますね。 「ムーちゃんと手をつないで」 これから描いていきたいのは「親なきあと」 倉持 「ムーちゃんと手をつないで」のラストシーンは、みなと先生の中でもう決まっているんですか? みなと ラストシーンのイメージは頭にありますが、それをどの段階で盛り込むかはまだ決まっていないです。これから描いていきたいのは、やはり「親なきあと」ですよね。18歳で親権を失うと、本当に親って無力で。「最重度で幼児の知的レベルの子なのに、どうしてほかの定型児と同じ成人扱いになるんだ」とか、世の中に言いたいことはたくさんあって、そういうことまで描ければいいなと思っています。先日もエレガンスイブ5月号に、「わたしの終活!~元気なうちに任意後見・遺言書~」と題して、「親なきあと」について11ページのエッセイマンガを描きました。我が家は現時点で打てる手は打ったので、今後は制度が変わっていくかもしれないけど、「ムーちゃん」でもそういうテーマまで描いていきたいです。 倉持 たくさん勉強させていただきながら、ムーちゃんの成長を楽しみにしています。これからもお体に気をつけて、無理されないように執筆されてくださいね。 みなと ありがとうございます。同じ思いの人たちで力を合わせて、私たちの世界を伝えていきたいですね。湊くんのこれからの成長も、楽しみに見守らせてください。 倉持 ぜひ! いつか湊と一緒に会える日を楽しみにしています。 みなと鈴、倉持由香。
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🧠 編集部の感想:
この対談は、自閉症をテーマにした作品が持つ力を再認識させられます。育児の孤独感を共有し、励まし合える関係の重要性が感じられました。また、自閉症を持つ子供たちの成長とそれを支える家族の姿を描くことで、より多くの理解が促進されることを願います。
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