by Ted McGrath
「フェンタニル」は合成オピオイドの一種で、強力な鎮痛剤として使われます。しかし、強い依存性を持ち、アメリカではドラッグとして違法に流通しており、社会問題となっています。このフェンタニルがどんな薬物なのかについて、科学に関する話題を扱うYouTubeチャンネル・Kurzgesagtが解説しています。
Why Does Fentanyl Feel So Good? – YouTube

体が危害から避けるための信号である「痛み」と、体にとってよい行動を促進させる「快楽」は人類が生存する上で重要な感覚です。2つは相反する存在ですが、体のメカニズムとしては密接にリンクしています。
主に中枢神経にあるオピオイド受容体は、痛みと快楽を制御する細胞表面受容体です。強い痛みが発生しても、エンドルフィンなどの脳内物質が分泌されてオピオイド受容体に作用することで、痛みを感じなくなります。たとえば、激しいケガを負いながら獲物を狩っていても痛みが気にならなかったり、痛みを伴って我が子を出産した後に子どもを抱えて幸福感を覚えたりするのも、この仕組みがあるからこそ。
オピオイド受容体に作用する内因性の物質としてはエンドルフィンやエンケファリンなどがありますが、外因性として最も有名なものがモルヒネやヘロインです。ケシの実に含まれる化学物質はオピオイドの一種であり、このオピオイド受容体に強く働きかけます。
痛みを和らげてくれるということで、モルヒネやヘロインは鎮痛剤として使われています。
フェンタニルもこうした鎮痛剤の一種ですが、Kurzgesagtは「フェンタニルは最悪の薬物」と評しています。
フェンタニルを使うと、痛みや不安はすぐに消え去り、猛烈な多幸感に包まれます。脳の警戒システムは休止状態となり、最高の気分になることでしょう。しかし、この「最高の気分」が落とし穴なのです。
オピオイド受容体を含むシステムは報酬系と呼ばれています。報酬系で快楽や幸福感を得ると、行動学習につながり、その行動を繰り返すように学習しますが、フェンタニルなどのオピオイドを摂取することでこの報酬系がマヒしてしまいます。
仕事を成し遂げた時の達成感、仕事が終わったあとの休憩に飲むコーヒーなど、これまで得ていたささやかな幸福感が一切感じられなくなり、そうなると何の行動をしてもポジティブな感情が生まれることはなく、苦痛しか残らなくなってしまいます。
また、オピオイドは高い中毒性を持っていることも問題。
しかし、体はオピオイドに対する耐性を獲得してしまいます。つまり、最初に覚えた多幸感を追い求めて使っていくうちにどんどん摂取量が増えていくというわけです。
そして、オピオイド耐性がつくと「痛みを和らげる」という機能も働かなくなります。そのため、不安が増幅し、痛みが軽減されることはなくなり、内臓を含む全身の神経が痛みに対して過敏になります。骨や筋肉が理由もなく痛みだし、腹痛や下痢など体の不調が永遠に続く状態に。
やがて強い眠気を繰り返すようになり、呼びかけても反応が著しく悪くなります。
Kurzgesagtは「フェンタニルは本当にゴミのヘロイン」と呼んでいます。
フェンタニルはヘロインの50倍の効力を持つといわれています。しかし、これは「フェンタニルがヘロインの50倍すばらしい」という意味ではない、とKurzgesagt。
フェンタニルの特徴は、脳のフィルターである血液脳関門を簡単に通過してしまうことです。そのため、少ない量でも爆速で効果が現れます。
しかし、入るのが簡単ということは、出ていくのも簡単。効果が切れるのも非常に早いというわけです。そのため、禁断症状もヘロインと比べると出てくるのが早く、強くなります。
その禁断症状を抑えるために再びフェンタニルを摂取するという悪循環。そして、摂取量が増えていくとあっという間に致死量を超えてしまいます。フェンタニルの致死量は2mgといわれており、鉛筆の芯の上にちょっと載せた程度。フェンタニルの常用は寿命を爆速で縮めていくことになります。
実際、アメリカにおける薬物の過剰摂取による死亡数を見ると、2014年頃から急激にフェンタニルが伸びています。
2013年から2023年の10年間にかけて、フェンタニルの過剰摂取で死亡した人の数はなんと40万人を超えるとのこと。
では、これほどまでに危険なフェンタニルがなぜアメリカで爆発的に普及してしまったのでしょうか。その理由はフェンタニルは製造や管理のコストが低いということ。フェンタニルは非常に少ない量で効果が出るため、アメリカ全土に供給されたフェンタニルの総量はわずかトラック1台分にとどまります。
また、フェンタニルは化学合成で製造されるため、モルヒネやヘロインのように広大なケシ畑を耕す必要もありません。
さらに凶悪なのが、麻薬の売人が他のドラッグにフェンタニルをごく微量混ぜたものを流通させているという点。フェンタニルは非常に依存性が高いので、他のドラッグに混ぜておくことで顧客がリピーターになるように誘導しているのです。
2022年に抗不安薬とフェンタニルを混合した錠剤での死亡者数はおよそ1万6000人におよびました。
また、2023年にアメリカの麻薬取締当局はフェンタニル入りの錠剤を合計1億1500万錠も押収しています。押収した錠剤の70%には、致死量を超えるフェンタニルが含まれていたそうです。
フェンタニルは医療用途以外に利点はありません。どれだけ安全な環境であっても、フェンタニルの摂取は自らの寿命を大きく縮めることにつながります。
Kurzgesagtは「もしフェンタニルを手に入れたとしても、快楽の超新星に踏み込まないでください。快楽が苦痛の超新星に変わる危険性があまりにも高すぎるからです」と警鐘を鳴らしました。
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🧠 編集部の感想:
フェンタニルの危険性が改めて浮き彫りになったと感じます。強力な効果と依存性が麻薬売人にとって利益をもたらす一方で、使用者にとっては致命的なリスクを伴うことが理解できました。この問題の解決には、より多くの教育と支援が必要だと強く思います。
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