月曜日, 5月 5, 2025
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進化はどのくらいの速度で起きるのか?


進化とはどのくらいの速度で起こる現象なのでしょうか?

進化には、気の遠くなるような時間がかかると信じている人は多いかもしれません。何万年、何百万年とかけて生物が少しずつ変化していく。それが「進化」のイメージとして、私たちの頭にすっかり定着しています。

ところが近年の研究は、こうした常識に一石を投じつつあります。進化は、ある条件がそろえば、たった数十年という短い期間で目に見える形で起こることもあるのです。

その代表的な事例の1つが、米国東海岸の工業地域を流れる川で報告された、「キリフィッシュ」という小型の魚の急速な進化です。

この川は長年の排水によって有害物質で汚染され、生き物が住めるような環境ではありませんでしたが、そこに住む「キリフィッシュ」は毒にさらされながらも、死ぬことなく、繁殖し、群れを作って生き延びていました。

しかもそれは、米国カリフォルニア大学デービス校のアンドリュー・ホワイトヘッド教授らの研究によって、単に環境に耐えているわけではなく、明確な“進化”の結果、この過酷な環境に適応したためであることが、ゲノム解析から明らかにされたのです。

ここでは、なぜ進化がそんなに速く進んだのでしょう? この発見は、進化とは何かという私たちの理解そのものを見直すきっかけになります。

この研究の詳細は、2016年に科学雑誌『Science』に掲載されています。

目次

  • 進化はどれほど早く起こるのか?
  • 素早い進化は突然変異が原因ではない

進化はどれほど早く起こるのか?

きっかけは、研究チームが「ありえない」と思われる現象に出会ったことでした。

米国東海岸の都市部を流れるいくつかの川は、長年に渡る工場排水や都市開発によってPCB(ポリ塩化ビフェニル)やPAHs(多環芳香族炭化水素)などの有害物質の深刻な汚染にさらされていました。

そのため、多くの野生生物が姿を消しましたが、そんな中で奇妙に生き残っている魚たちがいたのです。

それがキリフィッシュでした。体長わずか数センチのこの魚が、普通なら死んでしまうような汚染水域で繁殖し、元気に泳いでいたのです。

「なぜ彼らだけが生き延びられるのか?」

この事実に研究チームは驚き、詳細な調査に乗り出します。

そこでチームは、米国東海岸にある4つの重度に汚染された川と、その近隣にある比較的きれいな川に生息するキリフィッシュの集団から計384匹を採取し、全ゲノム配列を解読しました。

すると解析の結果、これらの耐性魚では、AHR(アリール炭化水素受容体)と呼ばれる有害物質センサー遺伝子群と、解毒酵素の産生を誘導するCYP1Aのコピー数が増加するという、複数の変異が組み合わさって“毒に鈍感な体質”が形成されているとわかったのです。

これがどういうことなのか分かりやすく説明するなら、キリフィッシュの体の中には、毒に反応して働く「センサー」と「お掃除部隊」のような仕組みがあると考えてもらうと良いでしょう。

毒物センサーの名前はAHR(アーエイチアール)といい、体の中に有害な化学物質が入ってきたときに、それを見つけて警告を出す役目を持ちます。そしてその合図を受けて、CYP1A(シップワンエー)というタンパク質が出動し、毒を分解してくれます。

いわばこの2つは、毒を感知する「警報装置」と、それを処理する「解毒係」といったところです。

ふつうの魚にとっては、この仕組みはとても役に立ちます。ところが、キリフィッシュが暮らしていた川のように、毒がいつも大量にある環境では、逆にこのセンサーが「働きすぎてしまう」ことが問題になります。

AHRが毒に強く反応しすぎると、CYP1Aが必要以上に働いてしまい、その結果として体にダメージを与えることがあるのです。まるで火災報知器がちょっとした煙にも毎日何十回も鳴り続け、そのたびに消火作業をしていたら、かえって部屋がめちゃくちゃになってしまうようなものです。

そこで、キリフィッシュの中には、AHRというセンサーの一部をあえて“弱めた”体質の個体が現れました。すると、その魚たちは警報をむやみに鳴らさず、必要なときだけ解毒の仕組みをうまく使うことができました。その結果、ほかの魚よりも毒の中で生き残ることができたのです。

Credit:ナゾロジー編集部,OpenAI

つまり、毒を早く見つけて対処することが必ずしも正解ではなく、毒に「慣れている」かのように、うまく付き合える体の仕組みが選ばれたということです。

重要なのは、これらの変異が新たに生まれた突然変異ではなく、もともと集団内に潜んでいた「既存の遺伝的変異(standing genetic variation)」だったという点です。

つまり、進化の起点となったのが突然変異ではなく「環境が変わったとき、すでに持っていた引き出しの中から適した遺伝子が選ばれる」という現象だったのです。

素早い進化は突然変異が原因ではない

私たちが「進化」と聞いて思い浮かべるのは、たいてい「突然変異によって新しい性質を持つ個体が現れ、それが自然選択によって広がる」というイメージです。

たとえば、キリンの首が長くなったのは、あるとき偶然に首の長いキリンが生まれ、木の高い場所の葉を食べられたから…というような話を、学校で習ったことがあるかもしれません。

このような考え方では、「進化=新しい遺伝子(突然変異)が生まれること」が出発点になります。新しい性質が“生まれる”ことこそが、進化の第一歩だというわけです。

ところが今回のキリフィッシュの研究は、まったく違う進化のあり方を示しました。

彼らが毒に強くなったのは、突然変異によって新しい性質を獲得したからではありません。もともとその魚の集団の中に「毒に強くなりやすい体質」を持つ個体が少しだけ存在していて、それが川が毒で汚染されるという強いプレッシャーによって選ばれた結果だったのです。

このような「もともと持っていた遺伝的なバリエーション(=多様性)」を使って進化する仕組みは、専門的にはstanding genetic variation(既存の遺伝的多様性)に基づく適応と呼ばれます。

つまりこの研究が突きつけた問いは、「進化とは新しいものを作ることではなく、すでにある選択肢の中から何を選ぶか」ということなのです。

そして、それがいかに早く起こりうるかということも示されました。遺伝子の引き出しが多い集団であればあるほど、環境の変化に対してすばやく反応し、生き残る道を見つけやすいということです。

多様性という形で遺伝子を保持しておく意味

しかしここで、素朴な疑問が浮かぶかもしれません。

「毒に強い体質がそんなに役に立つなら、最初からそういう魚だけで集団をつくればいいのでは?」

確かに日本の川でもよく見かけるコイ(鯉)は、汚染に強い魚として知られていて、汚れた用水路なども平然と泳いでいる姿を見かけます。彼らはキリフィッシュとは異なり、もともと汚染に強い生物です。

なので、毒や汚染に強い遺伝子があるなら、最初から集団内で共有されているはずじゃないかと考えるのは、もっともな疑問です。けれど、進化の視点から見ると、この考え方には落とし穴があります。

進化では、「いつでもどこでも強い性質」が選ばれるわけではありません。ある性質が“有利”か“不利”かは、まわりの環境によって絶えず変わるからです。

たとえば、こんな人間の例を想像してみてください。

ある人が、どんなに小さな音にも気づくほど鋭い聴力を持っていたとします。騒がしい工事現場では、その人は周囲の変化にすぐ気づけるのでとても頼りになるでしょう。でも、静かな図書館では、わずかな物音にも反応してしまい、集中できずに困るかもしれません。

このように、「敏感であること」が良いか悪いかは、その人がどんな場所にいるかでまったく変わってしまうのです。

魚の場合も同じです。キリフィッシュが住んでいた川がまだきれいだった頃、毒に過剰に反応しない“鈍感な体質”はむしろ不利だったかもしれません。体に入ってきた小さな毒物に気づかず、処理が遅れて体調を崩してしまうからです。

でも、川が汚染されてしまったとたん、逆に“鈍感な体質”の方が生き残りやすくなりました。というのも、センサーが働きすぎると、かえって体に負担をかけてしまうからです。キリフィッシュたちは、もともと集団の中にいたさまざまな体質の中から、「いまの環境に合った体質」が自然と選ばれていったのです。

進化とは、つねに環境に合わせて「ちょうどよく」調整される現象です。「最強の体質」ではなく、「その時、その場所で生き残れる体質」が選ばれるのです。

つまり、持っていた方が有利だが、環境によってはデメリットになってしまう特性が、遺伝的多様性という形で保持されることで、環境が変化したときに素早く適応できる進化に繋がっているのです。

これをのんびり突然変異を待っていたのでは、環境に適応する前に種が全滅してしまうかもしれません。

当然環境に合わない遺伝子を多様性の名のもとに保持させられた個体は、それが不要な時期には何らかの不自由を味わっていたかもしれません。しかし進化というプロセスは、「一部の個体が犠牲になること」を前提としています。

進化は、いつも長い時間をかけてゆっくり進むとは限りません。場合によっては“新しいもの”ではなく、“すでにある多様性”を利用した急速な進化が起きるのです。

そして、その多様性は魚だけでなく、私たち人間の体の中にも、きっと眠っているのです。

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元論文

The genomic landscape of rapid repeated evolutionary adaptation to toxic pollution in wild fish
https://doi.org/10.1126/science.aah4993

ライター

朝井孝輔: 進化論大好きライター。好きなゲームは「46億年物語」

編集者

ナゾロジー 編集部

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