恐竜時代は、周知の通り、約6600万年前に起きた隕石の衝突により終わりを迎えました。
恐竜だけでなく、地球上の全生物の約75%が死滅し、その後の生物進化の流れをガラリと変えてしまったのです。
恐竜亡きあとに覇権を握ったのは哺乳類たちでした。
そして、その中の霊長類のごく一部が知性を獲得したことで、ホモ・サピエンス(現生人類)が誕生するに至ります。
私たちは現在、地球上で優位なニッチを占めていますが、もし恐竜が絶滅することなく、今日まで生き残り知性を得ていたらどうなっていたでしょう?
あの日、隕石がわずかのタイミングで地球から逸れ、恐竜たちがホモ・サピエンスのような”知的生命体”へと進化していたらどんな姿になっていたのでしょうか。
目次
- 恐竜が生き残っていたら、どんな姿になった?
- 恐竜が「高度な知性」を発達させることは不可能?
恐竜が生き残っていたら、どんな姿になった?
想像してみてください。
絶滅の危機を回避した恐竜たちが、その後も長い年月をかけて高度に進化した姿を。
直立二足歩行で地上を歩き、火を発明し、道具を使って文明を築き、宇宙に乗り出して月に旗を立てる姿を。
なにやら不気味なSF小説のようですが、そんな妄想を働かせて、科学的に検証した人物がいました。
カナダの古生物学者であったデイル・ラッセル(Dale Russell、1937〜2019)です。
ラッセルは、トロオドン(Troodon)という実在した肉食恐竜をモデルに、「もし恐竜が絶滅していなかったら…」という思考実験を展開しました。

トロオドンは、白亜紀末期(約7400万〜6600万年前)の北米に生息した羽毛恐竜で、体サイズに比して大きな脳頭蓋を持っていたことがわかっています。
また物をつかんだり握ったりする器用な指と、立体視可能な目を持っていたと推測されることから、ラッセルは「トロオドンが絶滅せずに進化していれば、ヒトによく似た知的生物になったかもしれない」と考えました。
こうして1982年に発表したのが、トロオドンを下敷きにした恐竜人間「ディノサウロイド(Dinosauroid)」です。

これは発表当時も話題になっていたので、この恐竜人間の姿を昔テレビで見た覚えがあるという人もいるかもしれません。
ラッセルによると、ディノサウロイドは身長170センチほどで、全身がウロコに覆われています。
頭部は爬虫類の形態を残していますが、その他は現在のヒトの体型に近いという。
大きな脳と3本の指を持ち、うち1本はヒトの親指と同じく、道具をつかめるよう他の2本に対向しています。
尾はすでに退化しており、かかとを接地させる直立二足歩行を発達させています。
また、哺乳類ではないので乳房はありません。
そこで母親は、子どもが幼いうちは現代の鳥類と同じように、食べ物を胃から出して与えるとのこと。
言語については、ある種の鳥の鳴き声のようなものが想定されていました。

ラッセルの唱えた「ディノサウロイド」は、当然というべきか、科学者よりもSF作家たちの関心を強く引きました。
また恐竜たちは現に絶滅してしまっているので、ディノサウロイドをそれ以上掘り下げてもあまり有益ではありません。
しかし姿形はどうあれ、恐竜たちが生きていれば、本当に”知的生命体”に進化し得たのかどうかは気になるところです。
英バース大学(University of Bath)の古生物学者ニック・ロングリッチ(Nick Longrich)氏は、これまでの恐竜学の知見を踏まえて、この疑問に答えました。
恐竜が「高度な知性」を発達させることは不可能?
ロングリッチ氏は、恐竜が高度な知的生命体に進化し得たかどうかに関し、単刀直入に「不可能ではないが可能性は極めて低い」と回答しています。
なぜなら、生物の生態はその進化の方向性をある程度制限してしまうからです。
恐竜の大きさを考えてみましょう。
ブロントサウルスやブラキオサウルス、アルゼンチノサウルスといった草食で首の長い竜脚類は、体重30〜50トン、体長20〜30メートルにまで達しました。
また肉食恐竜においても、アロサウルス、カルカロドントサウルス、そしてティラノサウルスなど、体長10メートル、体重数トンにも及ぶ巨大種が続々と誕生しています。

このように恐竜は生物として稀に見る巨大化を成し遂げた一方で、脳はそうではありませんでした。
恐竜は時代とともに脳が大きく進化する傾向が圧倒的に弱かったのです。
下の図は体の大きさと脳のサイズを比較したものですが、恐竜たちは哺乳類に比べて、脳のサイズが明確に小さいこと分かります。
比較的大きな脳を持つティラノサウルスでもわずか400グラムで、ヒトの脳はその3倍以上の1.3キログラムに達します。

もちろん恐竜の中には、小さな体で俊敏に動く小型種や群れを形成する社会性のある種もたくさん存在しました。
しかしロングリッチ氏に言わせれば、恐竜は、草食種も肉食種も総じて、脳は小さいまま体だけ巨大化させる進化を繰り返しているに過ぎなかったのです。
対照的に哺乳類は、恐竜ほど巨大な体を発達させはしませんでしたが、繰り返し大きな脳を進化させました。
脳の大きさだけが知性のすべてではありませんが、体サイズ比における脳の大きさは、高い知性を誇る動物の重要な要素です。
その代表的な例が、イルカやゾウ、そしてヒトを含む霊長類でしょう。

よってロングリッチ氏は「もし恐竜が生き残ったとしても、脳が少し大きくなったかもしれないが、天才的な進化を遂げることはなかっただろう」と述べています。
おそらく、恐竜たちが絶滅していなければ、その後も変わらず巨体に物を言わせて、生態系のトップに君臨し続けたはずです。
恐竜たちが闊歩する中にあっては、哺乳類たちも肩身が狭く、(実際に起きた)種の多様化は起きなかった可能性があります。
歴史にイフ(if)はありませんが、恐竜が生き残っていれば、哺乳類の繁栄も、霊長類の躍進も、ひいてはホモ・サピエンスの出現もあり得なかったかもしれません。
奇妙な偶然と幸運の重なりの末に、今日の私たちは存在していられるのです。
参考文献
What if the dinosaurs hadn’t gone extinct? Why our world might look very different
https://theconversation.com/what-if-the-dinosaurs-hadnt-gone-extinct-why-our-world-might-look-very-different-191599
What If Non-Avian Dinosaurs Hadn’t Gone Extinct?
https://www.sci.news/paleontology/dinosauroids-11427.html
元論文
Art, anatomy, and the stars: Russell and Séguin’s dinosauroid
https://cdnsciencepub.com/doi/10.1139/cjes-2020-0172
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部
Views: 0