“蓬莱学園”をご存知だろうか。遊演体というゲーム制作会社が,1990年1月から12月にかけて開催したPBM「ネットゲーム90 蓬莱学園の冒険!」(以下,冒険!)の舞台としてデザインされた,架空の巨大学園である。

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 ちなみにPBM(プレイバイメール)とは,郵便などの通信手段を用いて遊ぶ,大規模同時参加型のテーブルトークRPGのこと。インターネットどころかパソコン通信さえ一般的ではなかった当時において,数千人が一つの世界を共有して遊ぶPBMは,実に魅惑的で,そしてハードルの高い遊びだったのだ。

当時の雑誌広告より。キャッチコピーは“絶海の孤島にそびえる巨大学園”であった
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 そうして1年のプレイ期間を終えた「冒険!」は好評のうちに幕を閉じ,その後はゲームや小説といった形でメディア展開も行われた。しかし,ハドソンが2001年にリリースしたiモード向けタイトル「蓬莱学園の冒険」(エクスクラメーションなし)を最後に新作は途絶え,長らく休眠の期間が続いていた。
 しかし……さあ,お立ち会い!  何とこの4Gamerで,次週から蓬莱学園の新作小説「蓬莱学園の揺動!」の連載がスタートすることとなった。それも,2024年の入学式で幕を開ける,文字どおり“最新”の蓬莱学園が舞台なのである。執筆を手がけるのは,もちろん「冒険!」においてグランドマスターを務め,作家としても多くの著作を残してきた新城カズマ氏だ。
 しかし長らく休眠していたシリーズであることから,蓬莱学園を知らない,あるいは名前は聞いたことがあっても,具体的な内容までは分からない人も多いことだろう。そこで本稿では連載に先駆け,1990年当時プレイヤーの一人として参加していた筆者が,蓬莱学園の成り立ちと世界観をざっくり説明してみることにしよう。

「蓬莱学園の揺動!」連載ページ

数千人規模の郵便遊戯「蓬莱学園の冒険!」

 冒頭にも述べたように,蓬莱学園はPBMとしてスタートしたシリーズだ。
 とはいえ,1990年当時にPBMというジャンル名は一般的でなく,運営元である遊演体は“ネットゲーム”という呼称を用いていた。ネットゲームというと今日ではMMORPGなどのオンラインゲームが連想されるが,当時はインターネットが普及する前のこと。それらが一般的になるのは,もう少し先のことである。
 では,どうやってプレイしたのかというと,郵便を利用したのだ。
 プレイヤーは月に1回,あらかじめ用意されている“定番アクション”の中から,その月に自分が取る行動を選択し,それをハガキに記載して運営元に送る。
 すると自身が実行したアクションに対応した,ごく短い小説形式の“リアクション”と,全てのプレイヤーの行動結果が反映された架空の新聞雑誌「蓬莱タイムズ」が1か月後に郵送されてくる。これを読み込んで,さらには蓬莱タイムズやリアクションを通して出会った(連絡先住所が記載されていた)ほかのプレイヤーと情報交換などを行って,次なるアクションを決めるのが,基本的なゲームの進め方だった。

「蓬莱タイムズ」をはじめとした当時の資料は,新城氏が副理事長を務めるNPO法人「日本PBMアーカイブス」のWebサイトでその一部が公開されている
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 しかし定番アクションに対して帰ってくるリアクションは,誰であろうとまったく同じだったので,それでは活躍は望むべくもない。それを覆す手段として用意されていたのが,自由記述が可能な“フリーアクション”であった。
 フリーアクションは採用されれば物語の主人公さながらの大活躍できたが,その確率は率はかなり低くかった。さらには,月に1度しかないアクションを無駄にしてしまうリスクもあって,ひどく狭き門だったのだ。
 それでもうまくハマれば,蓬莱タイムズに名前が載ることもこともあったので,挑戦するプレイヤーは多かった。ここから一躍,有名生徒となったプレイヤーも存在していて,小説シリーズに登場する香田 忍壇唯,さらに1991年当選の第74代生徒会長・八雲睦美らがその一例である。
 当然ながら,こうしたリアクションや蓬莱タイムズの記事は,複数のゲームマスターが手分けして書いていたわけだが,さすがにこの規模になると,通常のテーブルトークRPGのように一人のマスターで捌き切るのは不可能だ。ゆえに「冒険!」には10人以上のゲームマスターが参加していたという。
 とはいえ世界観の同一性を保持することや,シナリオ中のタイムスケジュール管理は必要なので,ゲームマスター全体を統括する立ち位置としてグランドマスターが置かれていた。このグランドマスターが柳川房彦氏で,シナリオ上とくに重要なリアクションは彼が執筆していたそうだ。この柳川氏の小説家としてのペンネームが,小説版の著者である新城カズマ(デビュー当初は新城十馬)氏である。

「冒険!」のプレイ期間と並行して,RPGマガジン誌では柳川氏による小説形式の読者参加ゲーム「蓬莱学園の挑戦! 少女巌窟王奇譚」も連載された。小説復刊を機に,ぜひこちらもまとめて出版して欲しいところだ
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 「冒険!」のシナリオ――当時の数千人のプレイヤーが選び取った結末はこうだ。
 当時のキャッチコピーにも謳われた“絶海の孤島にそびえる巨大学園”――蓬莱学園。プレイヤーはそこに新入生,あるいは転入生として入学し,何もかもが破天荒な学園で,とりあえずの学生生活を送っていた。しかし学園内には60年に1度,暦の上で庚午(かのえうま)にあたる1990年に“地球最後の秘宝”への扉が開くという噂が流れはじめる。
 一方,学園の前身・蓬莱塾の創立者・穂北眞八郎(ほきたしんぱちろう)の4人の高弟たちの子孫たる四天王家を中心に構成された学園理事会と,彼らが牛耳る国際的軍産複合体“ほうらい会”による謀略も動き出していた。
 そんな中,島内では不思議な力を持つ“応石(おうせき)”が出回り始め……その応石が見せる夢に現れる8人の少女たちを中心に,老若男女善悪美醜貧富強弱入り乱れる10万人の生徒たちは,“地球最後の秘宝”をめぐる動乱に否応なく巻き込まれていくのであった。
 最終的にプレイヤーたちは,四天王家の子女で構成されていた第71代生徒会執行部を選挙によって下し,生活指導委員会が引き起こした内戦をくぐり抜け,平和と協調を求める生徒たちが七夕の夜に奇跡を起こす中,ついには“地球最後の秘宝”へと手を伸ばす。その正体とは,この星に残された最後の冒険の舞台・地球空洞世界だったのだ。
 のちに“90年動乱”と呼ばれることとなった1年の物語は,こうして新たな冒険の舞台が開かれたところで,大団円を迎えたのであった。

当時高校生だった筆者自身の話をすれば,フリーアクションが採用されたのは一度きり。その内容も本筋に絡まない枝葉も枝葉だったが,大変嬉しかったのを覚えている。つまり“その他大勢”の一人に過ぎなかったわけだが,それでもほかのプレイヤーとの文通や,ゲーム内の情報をまとめた同人制作の“情報誌”を通してメインストーリーを追いかけ,十分過ぎるくらい手に汗握る体験ができたのだった
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蓬莱学園ってどんなところ?

「十万人だ! どんな奴だっているぜ! 事件屋・ブン屋・私立探偵,バクチに役者に用心棒、ハッカー、船乗り、剣士に株屋とくらぁ! 君のお得意は何だい、ええ?」
──新城カズマ「蓬莱学園の初恋!」より

  さて,蓬莱学園ワールドの展開は「冒険!」の終了後も継続し,さまざまな媒体で作品が発表されていくことになるわけだが,今回はまず土台から。作品世界であるところの蓬莱学園がいかなる場所,環境だったのか,20世紀中の関連作品を踏まえて,駆け足で解説していこう。
 正式名称は,私立蓬莱学園高等学校。東京都台東区にある,学校法人である。
 ただし台東区とはいうものの,蓬莱学園のキャンパスが置かれているのは飛び地も飛び地,東京から南に1800kmほど離れた,海洋の区分で言えばフィリピン海の只中に浮かぶ南洋の孤島・宇津帆島の中心部なのだ。作中世界最大の学園都市,というよりも都市型の学園なのである。
 宇津帆島が位置しているのは,東経140度31分,北緯20度50分の太平洋上。南北約22.4km,東西約18kmの火山島で,その面積は東京23区に匹敵する。気候区分は亜熱帯で,雨量が多い上,台風が頻繁に襲来する。そして,学園のキャンパスが広がっている敷地の大きさは,首都圏の人間であれば,学園の敷地をすっぽり囲む環状線がJR山手線と同程度の規模であることから,おおよそ察することができるだろう。
 教育機関としての蓬莱学園の歴史は長く,館山藩出身の穂北眞八郎が,高弟たちと共に,上野の不忍池の近くで蓬莱塾を開いた1855年(安政2年)に遡る。その後,明治維新を経た1890年,浅草に移転した蓬莱塾は東京市蓬莱大学校と改称。日清,日露,第一次世界大戦,さらには関東大震災などの動乱を経て,南洋研究機関の用地として土地を確保していた南洋の宇津帆島に,第二高等部が設立されたのが1930年(昭和5年)。これが,今日の蓬莱学園高等学校の礎となったのである。
 2001年時点で,全寮制の高等部(編注:大学に相当する機関もある)に在籍する生徒総数は実に10万人。1クラスあたり500人以上の生徒たちが,3学年合計180クラスに割り当てられ,ほとんどホールと呼んだ方が良いかもしれない巨大な教室にすし詰めになって授業を受ける様子は,生徒にとっては毎日がお祭り騒ぎ,教師にとっては毎日が地獄絵図の如きである。
※ちなみに漫画「コータローまかりとおる!」の鶴ヶ峰学園が生徒数2万人,「20面相におねがい!!」などCLAMPの諸作品の舞台であるCLAMP学園が,教職員などの関係者も含めて1万人なので,エンタメ作品にしばしば登場する巨大学園(複数の教育機関の集合体である学園都市などは除く)の中でも屈指の規模である。

500人以上の生徒たちがすし詰めになっている,蓬莱学園の授業風景(テーブルトークRPG「蓬莱学園の冒険!!」学園案内より)
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 伝統的に,タイプはさまざまだがエキセントリックな人間が多く,その規模・活動・性質のどれをとっても常識外れの委員会やクラブ,同好会,非公認団体が群雄割拠し,放課後はもちろん,人によっては授業中であっても,“高校生”の枠をぶち破った課外活動に日々いそしんでいるのもこの学園の特徴だ。
 例えばラジオ・TV放送委員会は放送局を運営し,ラジオは24時間,テレビは午前6時から深夜まで独自の番組を流し続けているし,鉄道管理委員会はこの島の大動脈とも言える環状線と路面電車網を管轄し,巨大な権力を手にしている。
 化学部は学園どころか島内の衣食住を支える大規模な工場を稼働させ,探偵・推理小説研は島内を四六時中騒がせている怪奇・猟奇事件が発生するたびに,推理大会を開催しては何日でもああでもないこうでもないと議論を戦わせ──そうした中に紛れ込んでいるホンモノの“名探偵”が,実際に事件を解決したりもする。
 探検部の命知らずの精鋭や博物学研生物学研の物好きな部員たちは,島の南部を緑で閉ざす“南部密林”に入り込んで,そのまま帰らぬ者も少なくない。狂的科学部の懲りない面々は,毎日のように学園のどこかを爆発させ,愉快犯的な秘密結社・黄昏のペンギンの構成員が教室のプレートを入れ替えては授業の進行を妨害し,かと思うと学園史の暗部と呼ぶほかはない生活指導委員会残党がシャレにならないテロを引き起こし,小国の軍事力に匹敵する学防三軍はといえば,そうした騒ぎを尻目に日々,島内外の防衛に目を光らせている。
 一癖や二癖では収まらない学園生徒たちに睨みをきかせているのが,公安委員会学園銃士隊校内巡回班といった,これまた癖のある警察組織で,ときに協力するものの,普段はどちらかといえば対立・競合関係にある彼らの厳しい目をかいぐぐって,人によっては3年どころか数十年に及ぶ場合もある楽しくてシュールで,ちょいとばかりラディカルなスクール・ライフを生き延びる……もとい送るのが,蓬莱学園生徒たちの至上命題なのである。

ゲーム期間中に毎月,プレイヤーに送られてきた「蓬莱タイムズ」の記事の一例。新聞形式で前月の出来事を紹介するだけでなく,有名生徒のインタビュー記事やTV・ラジオ欄(これ自体がヒントが含まれることも)など,バラエティ豊かな内容だった
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90年動乱から30年後,2020年代の蓬莱学園は?

 冒頭でも紹介したように,蓬莱学園は「冒険!」終結後もさまざまなメディアで展開され,さまざまな関連作品,派生作品を産み出していった。それらの詳しい紹介はまた別の機会(今後掲載予定のコラム)に譲るとして,現在明らかになっているシリーズの新展開についていくつか紹介してみたい。
 まず,長らく版元品切れ状態が続いていた小説「蓬萊学園の初恋!」「蓬莱学園の犯罪!」「蓬莱学園の魔獣!」の復刊が発表された。先だって古橋秀之氏の小説「ブラックロッド」シリーズの合本版を復刊し話題を集めた出版社・WiZHが,クラウドファンディングによる豪華本の出版を計画(電子書籍版も検討中)しているという。時期などは明らかになっていないが,続報に期待したい。
 またグランドマスターであり,小説版の著者でもある新城カズマ氏のXによれば,テーブルトークRPG版の第3版も制作予定とのことである。
 そして新作小説「蓬莱学園の揺動!」が,ここ4Gamerで次週5月3日に連載開始となる。
 あの頃,10万人いた学園生徒は,少子化が叫ばれる昨今,やっぱり大きく数を減らしてしまっているのだろうか。それとも,増えているのだろうか。月城あやめ氏が校長に就任してから30年以上経つが,現在はどうなのだろうか。あの旦那さんとの間にお子さんはできたのだろうか。もう1つあるはずの古代応石の行方やいかに。
 というか,最後の小説作品「蓬莱学園の革命!」の後,(30年ほどお年を召された)野々宮姉妹はどうなったのだろうか。年々きな臭さの強くなっていく極東の政治情勢下で,絶妙に各国の利害が衝突しそうな地点に強力な軍事力を保持する学園の立ち位置は,どのような扱いになっているのだろうか。エトセトラ,エトセトラ──気になることは山のようにある。
 仮に,蓬莱学園ワールドが再始動するのだとして,そうした疑問の数々についていったい,どのようなアンサーが示されることになるのか。「冒険!」に参加していたその他大勢のプレイヤーの1人として,さらには小説シリーズの大ファンとして,期待は膨らむばかりである。
 最後に,次週から掲載となる新作小説から数行を引用して,本稿を締めくくらせていただこう。

 ――学園の教育方針は自由。そして自主と自律。そのため部活・サークル活動・ボランティア活動も非常に活発、といえば聞こえは良いですが、生徒たちの権限はとてつもなく強くて幅広く、その立法・行政・司法すべてが生徒会とその隷下の委員会によって運営されている……すなわち生徒総数20万人プラス教職員や島民で合計25万人とも30万人とも言われる私立蓬莱学園は、完全な自治・自衛・自活・自足、いわば一個の完結した社会になっていること。

 ……20万人?!

宇津帆島 学園中央部地図(2020年代)
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