Appleはこれまで長らく「iPhoneをアメリカで製造することは困難」と主張してきましたが、トランプ政権は「iPhoneはアメリカで製造できる」と公の場で発言するなどして、Appleに圧力をかけています。アメリカでiPhoneを製造する上での課題を、AppleInsiderが論じています。
Apple can’t make the iPhone in America
https://appleinsider.com/articles/25/04/10/us-iphone-productions-main-challenge-is-a-century-of-big-business-labor-decisions
2025年4月8日(火)、ホワイトハウスの報道官であるキャロライン・リービット氏が「iPhoneをはじめとするアメリカ製品はアメリカでの製造に移行できる」という見解を改めて強調しました。リービット氏はAppleが2025年2月末に発表した「今後4年間で5000億ドル(約72兆7000億円)をアメリカ国内に投資する計画」を例として挙げ、「アメリカでの製造が可能とAppleが思っていなければ、これほどの資金投入は行わないでしょう」と発言しています。
トランプ政権が「iPhoneはアメリカで製造できる」と改めて強調、スティーブ・ジョブズやティム・クックCEOはこれまで何度も「アメリカでの製造は困難」と発言してきたにもかかわらず – GIGAZINE
トランプ政権はiPhoneをはじめとする製品を生産するための資金および労働力がアメリカにはあると考えていますが、AppleInsiderは「実はそうではありません」と指摘しています。これはAppleだけの問題ではなく、製造業、特に電子機器製造業全般が抱える問題であると指摘しました。
以下は1985年から2024年にかけての中国からの貿易輸入品の総額をまとめたグラフです。中国からの輸入総額が1986年は47億7000万ドル(約6800億円)だったところ、10年後の1996年には10倍超の515億1000万ドル(約7兆3700億円)に、2018年にはさらに10倍超の5385億1000万ドル(約77兆円)にまで膨れ上がっています。
アメリカと中国の近代的な貿易関係は、1930年代に確立されました。当時、アメリカは中国から製品を買うのではなく、自国製品を中国に売ることを目的としていました。しかし、1937年に日中戦争がぼっ発したことで、貿易は困難になります。さらに、その後の10年で中国では共産主義が提唱されるようになり、アメリカは冷戦や朝鮮戦争などを経験。そして、1950年にはアメリカが中国に対して厳しい貿易禁輸措置を講じることとなります。
米中間の緊張が緩和されるまでにはさらに20年を要しますが、1970年代には事態が落ち着き始めます。その後、中国製品がゆっくりとアメリカに流入し始め、アメリカ企業が中国の利点に気付きます。中国の利点というのは「圧倒的に低コストな労働力」です。また、当時はコンテナ輸送が好調だったことも、中国にとって追い風となります。
繊維労働者など一部の労働者が早くから安価な中国製品に反発していましたが、1980年代にはAppleを含む多くのアメリカ企業が業務の一部を中国にアウトソーシングするようになっていたそうです。
1980年代から1990年代にかけて、Apple製品のほとんどは依然としてアメリカ製でした。しかし、1990年代後半にはAppleとFoxconnの幸運な関係が芽生え始め、最終的に現在のAppleの状況へとつながります。Foxconnは世界最大の電子機器メーカーであり、中国全土に12の工場を構えています。iPhoneの約95%は中国で組み立てられており、Foxconnの担当分は約70%にも上るそうです。
Appleのティム・クックCEOがFoxconnの鄭州テクノロジーパーク(iPhoneシティ)を訪れた際、この工場では約12万人が働いており、この数は2022年には20万人にまで増えています。
Appleが密接に結びついている外国企業はFoxconnだけではありません。台湾企業のTSMCもApple製品に使用されている半導体を製造しており、Appleとの取引はTSMCの年間収益の約25.2%を占めています。
TSMCはアメリカのアリゾナ州に工場を構えていますが、この工場でチップの生産を開始したのは2024年9月になってからです。そのため、Appleシリコンのほとんどは依然として台湾にあるTSMCの工場で製造されています。
韓国に拠点を置くSamsung Displayは、iPhone・iPad向けの主要ディスプレイサプライヤーです。韓国企業ですが、生産工場は中国・ベトナム・インドにあります。
このように、Appleのサプライチェーンのほぼすべてが、トランプ政権による相互関税(通称、トランプ関税)により大きな打撃を受けた国々とつながっています。
そのため、Appleの中国からの撤退は「ない」とAppleInsiderは指摘。実際、Wedbushのアナリストであるダン・アイヴス氏はCNNに対して、Appleが世界的なサプライチェーンをアメリカ国内に移すと、3年と約300億ドル(約4兆3000億円)もの時間と費用がかかると語りました。
また、アメリカに生産拠点を移しても中国の生産拠点と同じような低コストで労働力を雇うことはできないという問題もあります。Foxconnは平均的な工場労働者に時給約3ドル(約430円)を支払っています。工場労働者は1日当たり10~12時間の労働を義務付けられているため、1人当たりの平均日給は30~36ドル(約4300~5200円)です。
一方、アメリカには連邦最低賃金(時給7.25ドル:約1000円)が存在するため、1日8時間労働でも58ドル(約8300円)の日給を稼ぐことが可能。1日当たり10時間から12時間の労働を求める場合、工場はさらに21.76ドル(約3100円)から43.52ドル(約6300円)の残業代を支払う必要があります。さらに、連邦最低賃金を上回る州賃金を定めている州も存在しているため、労働者の賃金はさらにはね上がる可能性があるとAppleInsiderは指摘しました。
つまり、アメリカに生産拠点を移す場合、Appleは賃金と労働時間のいずれかを妥協する必要があります。しかし、AppleInsiderは「アメリカに最低賃金でiPhoneを組み立てる人はいないでしょう。時給が15~20ドル(約2200~2900円)でも労働者を見つけるのは恐らく難しいでしょう」と指摘。
さらに、東アジアでは文化的に平均的な労働者にも「かなり多くのことを期待する」という特色があります。実際、ベトナムの労働者は2021年に新型コロナウイルスのパンデミックが起こった際、工場内での居住を求められ、工場内にテントを張って寝泊まりしたことが話題となりました。
トランプ政権のハワード・ラトニック商務長官は「アメリカにやってくるハイテク工場で働くことで、アメリカの歴史上最大の雇用が復活するでしょう」「何百万もの人々が小さなネジを締めてiPhoneを作る、そんな時代がアメリカにやってくるでしょう」と語りました。
また、ラトニック商務長官はアメリカのiPhone工場が「自動化される」とも発言していますが、実際のiPhoneの生産および組み立てはほとんど自動化されていません。Appleは工場の労働者数を50%削減することを目標に、自動化を推進する計画を立てていますが、記事作成時点では実現に至っていません。
また、アメリカには「肉体労働は低技能」と決めつける醜い習慣があるとAppleInsiderは指摘。しかし、AppleのクックCEOは中国の工場労働者を低技能労働者とみておらず、むしろ高度に専門化された技能を持ち合わせていると言及しています。
多くの国で職業訓練が軽視されているのに対して、中国では職業訓練が「劣等な道」とはみなされていません。工場労働者は依然として価値があると考えられているため、中国には多くのツールエンジニアがいます。
一方で、アメリカには中国のような高度な技術を持ったツールエンジニアがそれほど多くいません。「そもそもツールエンジニアがどのようなものなのかすら知らない人がほとんどです」とAppleInsiderは指摘しています。
クックCEOは過去のインタビューで、「Apple製品には非常に高度な工具が必要です。工具や材料の加工には最先端の精度が求められます。そして、中国はツール製造技術が非常に優れています」「アメリカではツールエンジニアの会議を開いても、部屋を埋められるかどうかわかりません。中国ならサッカー場を数面埋められます」と語りました。
ツールエンジニアは職人と従来の機械・電気エンジニアの中間に位置する高度に専門化された職業です。Appleが必要とするだけのスキルを身に着けるには文字通り「一世代」かかるそうで、Appleは中国でiPhoneを生産することで「何十年もかけてエンジニアのスキルを磨いてきた」とAppleInsiderは指摘しています。
Appleがアメリカに工場を開設する可能性は十分あるものの、「やれと言われてすぐやれるほど簡単なことではない」とAppleInsiderは言及。
これらを踏まえ、AppleInsiderは「もしも十分な賃金を用意して、アメリカで労働者を確保することができても、少なくともアメリカ人がこの種の職種に目を向けるようになるまでは、アメリカの工場は(中国工場と比較して)依然として製品をより遅く、より低い品質で生産し続けることとなるでしょう」と指摘しています。
さらに、アメリカでiPhoneを生産することができたとしても、iPhoneの販売価格が法外な値段に値上げされる可能性が高いという事実には変わりありません。AppleInsiderは「1台のiPhone当たり10万ドル(約140万円)にまで価格がはね上がるとは考えにくいですが、中国に145%の関税が課されていること、アメリカの労働力が不足していること、そして生産能力の増強に時間とコストがかかることを踏まえると、iPhone1台当たり3000ドル(約43万円)まで値上がりする可能性は十分にあります」と指摘しています。
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